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山口地方裁判所 昭和31年(わ)307号 判決

被告人 吉村一雄

大一四・一・二生 国鉄職員

主文

被告人を禁錮六月に処す。

訴訟費用は被告人の負担とす。

理由

被告人は日本国有鉄道の職員で柳井機関区に所属し、機関士として同鉄道の機関車及列車の運転業務に従事していたものであるところ、昭和三十一年二月三日午前二時二十分頃山陽本線柳井駅から新鶴見駅始発鳥栖駅行下り第七〇一一急行貨物列車の運転業務を引継ぎ、同列車の機関車D五二―四二〇号に機関助士田熊恒文と共に乗務し、同列車を運転して同線小郡駅に向け、時速約六十粁で西進中、同日午前三時五十二分頃通過駅たる同線大道駅構内に差蒐つたが、斯る場合機関士としては同駅構内東部及西部に各設置の場内自動閉塞信号機並に出発自動閉塞信号機の現示信号を確認した上、その信号に応じ国鉄所定の運転取扱規定に基く安全措置をとるは勿論、被告人は自分の運転上の成績を挙げる為軽卒にも同列車を同駅附近を定時より約六分三十秒早く進行して居た関係上、同線軌道を先行する第九六五下り普通貨物列車が約二分前同駅を発車していて両列車間の距離は刻々縮少されつつある状況にあつたので被告人としては右両列車の接近による不測の事態の発生をなからしめる為にも特に前方を注視して先行列車に意を払い、特に心の緊張を新にし、或は減速するなどして追突の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず無謀にも睡気のさした状況のまま運転していた為、同駅の前記場内信号機が注意信号を現示しているのを認めながら減速等の措置をとらず、又同駅の出発信号機が停止信号を現示しているのに気付かないで、漫然前記速力のまま同駅構内を通過し、更に前方二、三百米を進行中の前記先行第九六五列車の後部標識灯の発見が遅れ、同列車手前約六〇米に接近して漸く之を認め、狼狽して直ちに非常制動措置をとつたが、時既に遅く、遂に同日午前三時五十四分頃同駅西方約八百米の地点に於て、第九六五貨物列車の後部に自己の運転する第七〇一一貨物列車の機関車の前部を激突させ、因つて第九六五列車の貨車五輛を顛覆大破させ、且つ第七〇一一列車の機関車、炭水車各一輛を破壊させ、以て汽車を顛覆破壊し、且つ第九六五列車後部緩急車に乗務中の車掌友末清に対し、肺臓破裂頭蓋底骨折等の重傷を蒙らせ、該傷害により同日午前八時三十五分頃防府市所在山口県立中央病院に於て死に致し、第七〇一一列車の機関車に乗務中の機関助士田熊恒文に対し、全身火傷の重傷を蒙らせ、該傷害により翌二月四日午前四時頃右病院に於て死に致したものである。

(証拠の標目)(略)

(適条)

刑法第百二十九条第二項、罰金等臨時措置法第三条(以上業務上の過失により汽車を顛覆させた点につき。)第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第三条(以上業務上の過失により友末清、田熊恒文を夫々死に至した各点につき。)刑法第五十四条第一項前段、第十条(右刑法第百二十九条第二項の罪を犯情の一番重いものと認める。禁錮刑選択)刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(被告人の主張に対する判断)

一、八林功又は田熊恒文の過失の点―之等の者が本件事故発生防止の為万全の措置を採つたとのことは証拠上認められないけれども、之等の者に過失がないとしても本件事故が発生したであろうことは前掲各証拠を綜合して認められるところであるから、之等の者に過失があつたとのことは被告人の責任の有無には関しない。

一、本件事故がが不可抗力によるものでないことは判示認示の通りである。

一、心神喪失の点―深夜勤務の連続、防塵眼鏡の使用、蛔虫寄生による貧血、等の為被告人が本件犯行当時心神喪失の状況にあつたとの点は之を確認するに足る証拠がなく、本件は被告人が本件列車を規定以上早発させたこと、注意信号を見乍ら緊張を欠き睡気のするまま万全の措置を採らず高速度にて進行を続けた過失によること判示認定の通りであるから不可抗力による事故とは言えない。

以上被告人の主張はいずれも理由がない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 永見真人)

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